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Japan Computer Access for Empowerment

歴史からの学び

浜田 忠久 (市民コンピュータコミュニケーション研究会)

はじめに

2012年12月に成立した第2次安倍内閣は、共通番号法、特定秘密保護法など問題を孕む立法を重ね、さらに共謀罪、会話傍受などの治安立法を計画している。これらの監視や規制の強化の動きは、国家安全保障会議、集団的自衛権の行使などの軍事化や、TPPや特区構想等の新自由主義化の進展と連携している。

こ れらの治安立法は、その内容のみならず、その制定過程も適正さを欠くものだった。国会では十分な審議が尽くされないまま数の暴力により法案が可決され、マ スメディアも事前の取り上げ方は十分ではなかった。こういった状況は、第二次世界大戦前の日本が大東亜戦争へと突き進んでいった状況と酷似している。

本稿では、現代と第二次世界大戦前の二つの時代における、通信の監視をはじめとした法的枠組みを歴史的背景を踏まえて比較し、過ちを繰り返さないためにはどうすればよいかを考える教訓にする。

政策および政治的な背景

日本政府は、数十年間情報の規制と監視を推進する法律を開発しようとしてきた。日本政府は、1968年以降、国民総背番号制の導入を目指して何度も法案を提出したが、マスメディアは強くそれに反対し、試みは失敗した。しかし結局、1999年に、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案や通 信傍受法案と一緒に住民基本台帳法の改正案が可決された。その時に、日本のマスメディアは、議会での審議を十分に報道しなかった。その代わりに、彼らは二 人の女性タレントによる舌戦「ミッチー・サッチー騒動」をワイドショーなどで大きく取り上げ、重要法案の審議の報道がないがしろにされた。

政 府は1985年に国家秘密法案(スパイ防止法案)を提出したが、可決されなかった。しかしその後も秘密保全体制に向けた動きは続き、2013年、国家秘密 法案を改訂した特定秘密保護法案として提出し、短期間の審議でどうにか法案を可決した。この法律は、2014年12月に施行されることになっている(執筆 時の記述)ので、2014年は日本の歴史の転換点の一つになるかもしれない。さらに、共謀法案および通信傍受法の改正も2014年に予想される。これは、 2013年5月に制定された共通番号法と共に、日本が偏執的な監視国家へ急速に滑り込んでいることを示唆する

ここに、コミュニケーション監視に関する問題のある立法の主なものを挙げる。

盗聴法(1999)

コンピュータ監視法(サイバー刑法)(2011)

共通番号法(2013)

特定機密保護法(2013)

国際的な監視団体 Citizen Lab によると、日本は、インターネット・ユーザを監視するために用いられている悪名高い監視技術 FinFisher を使用する36か国のうち一つである。

二つの東京オリンピック

上に述べたような情報の統制とコントロールのための立法は、武力攻撃事態法(2003)や国民保護法(2004)など2000年代に整備された有事法制と一体化したものとして理解する必要がある。

多くの識者が、現代の日本社会の状況は、第二次世界大戦前と酷似していると指摘している。ここで、我々は、二つの東京オリンピック、一つは2020年に予定されているもの、もう一つは1964年のものではなく、1940年に予定され、キャンセルされたもの、を比較してみたい。

東京で2020年のオリンピックが開催されることは日本の多くの人にとっては歓迎されるニュースである。しかしながら、オリンピックために監視システムが強化され、それが今後市民を管理するために用いられることを懸念する人々もいる。

2012年に開催されたロンドンオリンピックでは、保安と監視システムが注目の的になった。このシステムには、ロンドンの至る所に取り付けられたCCTVカメラのネットワークと、無人偵察機として知られる、無人飛行機(UAV)が含まれていた。

2014年には、東京都は各小学校区につき5つの監視カメラを設置し始めた。2018年までに6,500台のカメラを設置することを目標にしている。総支出は5年間で24億7000万円(2500万米ドル)に達すると予想される。

1940年の夏期オリンピックは、2020年に予定されている東京オリンピックの80年前に東京で開催されることになっていた。

しかしながら、それは日中戦争の長期化により取り消された。

ここで二つのオリンピック大会の前の出来事を並べてみると、酷似していることに気づく:

1923年、関東大震災 ................................ (A)

1929年、世界恐慌 ................................... (B)

1937年、大本営 ...................................... (C)

1937年、軍機保護法の全面改正 ............... (D)

1940年、(取り消された)東京オリンピック ..... (E)

1941年、太平洋戦争

1995年、阪神淡路大震災 ......................... (A)

2008年、金融危機 .................................... (B)

2011年、東日本大震災 ............................. (A)’

2013年、国家安全保障会議 ....................... (C)

2013年、特定秘密保護法 .......................... (D)

2020年、(計画された)東京オリンピック ......... (E)

二つの時代の大きな事件を上のように並べると、いずれもいくつかの自然的、あるいは人的災害を経る中で、日本において軍国主義化が進んだ(進んでいる)様子が見て取れる。

二・二六事件と盗聴

先の時代の真っただ中、1936年に、近代日本史上最大のクーデター(未遂事件)二・二六事件が起こったが、この事件に際して、当時の大日本帝国憲法下においても違法とされていた盗聴が大規模になされていたことが、最近になって明らかになった。

未遂に終ったクーデターでは、大日本帝国陸軍の青年将校のグループが反乱を起こし、日本の多くの指導者を殺した。当初、彼らは成功し、皇道派に影響を受けた将校に支援された一方、昭和天皇は反逆者に激怒した。反乱将校たちは2月29日に投降した。これは統制派に、軍部からの皇道派メンバーの追放に根拠を与えた。それは挙国一致内閣を組織し、1940年に大政翼賛会によって政党の終止符に至った。

これは、戦争に向けた動きを加速したかもしれない。陸軍での統制派は、東南アジアとオセアニアで資源を確保するために軍事的解決を信じた。しかしながら、 皇道派は、拡大ではなくまず国家の発展に焦点をあてた。この皇道派のアプローチは中国との戦争ではなく経済協力につながったかもしれない。

この二・二六事件において、実は少なくとも事件の7週間前から、逓信官吏や憲兵によって事件の首謀者たちの電話が盗聴されていた。このことは長らく秘密にされていたが、1977年になって、NHKの放送センターに埋もれていた20枚の録音盤が発見され、1979年2月26日に放送されたドキュメンタリー「戒厳指令『交信ヲ傍受セヨ』」によって世の中に知られることとなった。

上記ドキュメンタリーの取材に関わった中田の著書Nakata (2007) に よれば、当時の大日本帝国憲法下においても通信の秘密は保障されていたが、二・二六事件勃発直後に開催された臨時の閣議において違法と認識しつつ盗聴の敢 行が決定されたことになっている。ところが、上記の録音盤に残されていたのは、事件の7週間前から始まる盗聴記録であった(ibid:91)。つまり、他の閣僚にも知らせることなく、逓信省は盗聴を行なっていたということである。

なお、皇道派青年将校たちがクーデターを起こす可能性については、統制派は事件の数年前から予期していたと思われる。事件の二年前に、片倉少 佐らが策定した「政治的非常事変勃発に処する対策要綱」は、軍事クーデターの勃発に際し、その鎮圧過程を逆手にとり、自分たちの側がより強力な政治権力を 確立するための好機として利用しようという、いわば"カウンター・クーデター" の 構想であった。 「要 綱」は、政治的騒乱に乗じた国家改造について、政治、外交、治安警備、経済、社会政策、教育、世論工作など、多岐にわたって、実に事細かな構想と対策を提 示する。事実、二・二六事件以後の軍部統制派主導の政治において、これらのうちの少なからぬ部分は実現されたのである。

二・二六事件の閣の部分は、プライバシーの侵害の事実ばかりではなかった。重要人物の名をかたり、当の相手を貶めるための「偽電話」をかけるという、より 犯罪性の高い行為さえ行われていた。たとえば、事件の黒幕と断定された国家社会主義の思想家、北一輝は、特設軍法会議(一審制)にかけられ、非公開・弁護 人なし・上告不可のもと、理論的指導者の内の一人として死刑判決を受け、5日後、銃殺刑に処された。上記の盗聴記録の中には、2月28日深夜、すでに獄中にいる北一輝の名を騙った何者かが、通話が傍受・録音されていることを充分に意識した上で、事件後、裁判の証拠となる可能性をもある程度見越した上で、北一輝を反乱の首謀者に仕立て上げるための、謀略的な意図を秘めた通話もあった。

こ れらのことから学べる教訓は何だろうか。端的に言えば、チェックを受けない権力はどこまでも腐敗し、社会を危険な状況に追い込む可能性があ るということである。また、盗聴という手段はあまりにも強力であり、犯罪捜査のための真実の解明どころか、犯罪や犯人の捏造も可能な、恐ろしい道具にもな り得るということである。

これらの二つの期間の比較によって、私たちは歴史から教訓を学び、コミュニケーション監視および透明性の問題についての政治にどのように取り組まなければならないかを学ぶことができる。

現代における監視の意味

さて、現代に目を向けると、監視というものが多様化していることに気づく。監視のあり方が、従来の的を絞った監視だけでなく、大衆監視による社会的振り分 けがなされているということや、監視の主体も、政府だけではなく産業界も含めて多様化していることが挙げられる。 そのような中で、現在、盗聴法の改正が検討されている。現行の盗聴捜査の概要と、盗聴法の改正の内容およびその問題点について見ていきたい。

盗聴法(犯罪捜査のために通信傍受に関する法律)は、1999年8月12日の参議院本会議において、組織的犯罪対策法の採決を行い、自民、自由、公明3党などの賛成多数で可決、成立した。盗聴法が国会で成立したことにより、2000年8月に盗聴法は施行された。 その後、毎年、盗聴の実施状況が国会に報告がなされているが、年に10件程度である。

通信傍受法における通信には電子メールも含むというのが立法者の見解であるが、これまでの国会報告では1件も電子メールの傍受の事例がない。

ただ、メールサーバーに届いた電子メールは、ユーザーが読み出す前の段階でも「通信」を終了しているとして、捜索・差押えや検証によって取得されていると考えられるから、事実上、通信傍受法による制限なく取得されていると考えられる。

さらに、コンピュータ監視法による刑訴改正により、リモートアクセスによる差押えが可能となり、手元のパソコンや携帯電話から、メールサーバーにある電子メールを差し押えることが可能となっている。

法制審議会は下記の通信傍受法の改正を検討しており、今年の秋の臨時国会か来年の通常国会に、改正案が提出される見込みである。

通信傍受の対象犯罪を拡大する。

暗号技術と鍵を利用して、通信事業者の従業員による立ち合いの廃止と、該当性判断のための傍受を事後的に実施できるようにする。

会話傍受について具体的な検討を行う。 特に会話傍受については、通信と異なり、その場所で行われる全ての会話が傍受されるということ、室内に傍受するための機器を設置するために侵入することも合法化されることになり、重大な問題と考えられる。

結論

私たちは、日本の民主主義は危機的な状況にあることを自覚する必要がある。不安をあおることによって外国との対立、および国内での人々の対立を深め、監視が強化されている。

また、マス・メディアの多くも、権力を監視し、その圧力に屈することなく国民の知る権利に応えるという役割を十分に果たしていない。

私たちが毎日利用するインターネットには、情報や自由な考え方を共有するためのメディアとして本来大きな可能性がある。しかしながら、残念ながら現在はインターネット自体が大きな監視の道具ともなっている。

とりわけビッグデータには大きなリスクがある。一見無害に見えるデータでも、大量に集めれば個人を特定できてしまう。さらに特定の個人を対象にする場合、深刻なプライバシー侵害につながる可能性が高い。

そ れは必ずしも日本が再びファシズムへ滑り込むだろうということではない。しかし、民主主義が確立されたとしても、その可能性はあり得る。ドイツは、ワイ マール憲法の下でヒトラーを首相の地位を与えた。過去を繰り返さないと私たちが決定したならば、ファシズムが第二次世界大戦の前にどのように台頭したかを 知ることは私たちにとって非常に重要である。

日本国憲法は宣言する。 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する 諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」日本は、この平和主義のおかげで、第二次世界大戦後の69年間、戦争に巻き 込まれなかった。

監視は、他者への不信から生まれる。人間同士の相互不信と恐怖が嵩じると、戦争が始まる。人類は、不信と恐怖ではなく、信頼と助け合いに基づく社会を構築できなければ、生き延びることはできないだろう。

アクション・ステップ

日本のために次のアクション・ステップが推奨される:

政府の透明性を推進する。

政府から完全に独立したプライバシー・コミッショナー制度を確立する。

オルタナティブ・メディアを促進し、メディア・リテラシーによる公衆の教育とマスメディアの改革によって民主主義を前進させる。

人々の監視や統制を目的とする法律を廃止する。

コミュニケーションのプライバシーを推進し、キャンペーンを行う。

不信と恐怖ではなく信頼と助け合いに基づいた社会を想像する。

また、このレポートでは、英語で提供されています

Notes:
This report was originally published as part of a larger compilation: “Global Information Society watch 2014: Communications surveillance in the digital age” which can be downloaded from http://www.giswatch.org/2014-communications-surveillance-digital-age.
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ISSN: 2225-4625
ISBN: 978-92-95102-16-3
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